WWW を検索 kyouzon-gnc.com(サイト内) を検索
google

過去の代表所感

2004年度 代表所感(2004年4月)

 先月末、6年ぶりに青森県車力村に行ってきました。車力村は本州の最北端、津軽半島に位置する人口6000人余りの村です。訪れること3回目の今回、はじめて往復に夜行高速バスを使いました。夜、東京の品川を出発し、翌早朝、青森県の五所川原駅前に到着。五所川原駅から車力村まで車で20分。これがもっとも便利でかつうれしいことに抜群に安いのです。
  車力村との最初の出会いは1996年です。成田村長にはじめてお会いし、車力村のモンゴルツアーにお誘いいただき、それが縁でGNCのモンゴルでの活動がはじまりました。それからもう8年がたとうとしています。
車力村のこれまで歩んできた道、そして国際貢献のありかたは、GNCにとってとても良いお手本です。車力村は、GNCの原点のひとつと言えます。
確かに車力村との出会いが活動のきっかけになったという点も大きいですが、それ以上に原点である所以は大きく3つあります。1つは、自然と人との関わり方に関するもの、1つは人と人との関わり方に関するもの、そして最後の1つは歴史との関わり方に関するものです。これは実はGNCの掲げている3つの共存にちょうど対応していることに今更ながら気付かされます。
  車力村は、厳しい自然環境を克服しかつ共存しながら、発展してきました。日本海からの強風に常にさらされたやせた土地に、江戸時代から今にいたるまで植林を続け、土地を改良し、農業を発展させてきました。人々の長い期間にわたる努力の結晶が生きた形でそこにはあります。また車力村は、地域からの国際協力をごく自然に実践しています。等身大の人と人との横並びの関係がそこにはあります。そして、そのどちらもが、過去から未来へ向けて継続しています。制度としてではなく、人の気持ちのつながりとして。市町村合併の流れが全国に拡がる中で、こういったことこそが真の独自性であり、真の国際性だということをいま一度かみ締めたいと思います。
今回は、日ごろから活動をともにするモンゴルからの留学生4人に車力村に一緒に行こうと声をかけました。彼らにはGNCの原点である車力村を是非自らの目で見て欲しかったのです。言葉を尽くして説明するだけではわからないものをきっと感じ取れるはずだと確信していたからです。その結果は予想をはるかに越えるものでした。4人の留学生の感想文をお読みいただければそれは即座におわかりになると思います。(HPに掲載しております。)車力村ツアーを今後も毎年開催しようと思います。その意義は計り知れません。
もちろん、NPO・NGOの合同研究会、エコハイク・テーマサロンも今まで以上に内容を充実させて続けます。また、5月と9月にモンゴルに行き、多くのプロジェクトをすすめる予定です。新しい試みも行います。とりわけ、9月には愛知万博との共同プロジェクトも控えています。具体的な内容につきましてはそのつどご報告致しますが、モンゴルでのGNCの確固とした活動基盤をさらに固めてゆくことに重点を置いてゆくつもりです。
毎年繰り返していることですが、人と人とのつながりが最大の力です。みなさまの力の結集を今年度も期待しかつ信じております。

2003年度 代表所感(2003年4月)

今回は少し理屈っぽいことを書くことをお許しください。テレビも新聞もイラク戦争の報道で満ちているこの時期、どうしてもGNCの原点を確認したかったのです。
  当団体の名称であるGNC(Global Network for Coexistence)は、「共存へむけた地球規模の人と人とのつながり」というようなたいそうな意味を持っております。それでは「共存」とは何かと問われれば、創設当初から以下の3つの共存を想定しております。

  1. 自然と人との共存
  2. 国、地域、民族など人と人との共存
  3. 過去、現在、未来の共存

です。
  これらの「共存」はどれも実現すれば素晴らしいにちがいありません。しかし、GNCでは「共存」の世界の具体的なビジョンを描くことを敢えて避けております。
  その理由は、一つには能力的にそのようなことは不可能だからです。理想郷としての未来を先に設定し、逆算的にプログラムを作り実行するというような無謀なことはなかなかできるものではありません。ましてや、それが独り善がりの理想郷像であったならば、多くの人々に迷惑をかけてしまいますし、極端なケースでは人類に多大な不幸をもたらしてしまうこともありえます。ヒトラーのもたらした不幸、社会主義の壮大な実験の失敗などもその一例ではないかと考えます。
  また一つには、「共存」とは実現すべき目標や状態ではなく、私たちが一歩一歩歩みを進める上で参照すべき行動規範、指針と考えているからです。GNCは、理想郷としての「共存」という目標を目指して猪突猛進するのではなく、目前の具体的な課題をその都度全力で解決してゆくことを使命としております。その際、人々が「共存」について抱いている漠たるイメージ(感性・直感)を大切にしたいと思います。(漠たるイメージを常識と言い換えても良いかもしれません。)論理的な説得力は乏しいかもしれませんが、論理がしばしば間違いを犯している現実を考えるならば、これもひとつのありかたではないかと考えるのです。
  GNCは、HPをご覧になってもおわかりいただけますように、具体的でわかりやすい目標を掲げているわけではありません。あくまでも抽象的な「共存」にこだわっております。そして、あとは現在進行中の複数の活動をそのまま列挙しております。抽象的な「共存」と具体的な活動が、その間をつなぐ、論理、説明を抜きにポンと皆様の前に提示されております。多分そこが、外から見たときのGNCのわかりにくさなのかもしれません。それでも今後もこのわかりにくさを安易にわかりやすくしようとは考えておりません。
  これからも抽象的な「共存」をしっかりと見つめつつ、今出来る具体的な行動を積み重ねてゆきたいと思います。そして節目節目で振り返ったときにはじめて私たちが思い描く「共存」のその時点での全体像らしきものを提示出来るのではないかと思います。 
  最後に。GNCが活動をすすめる上で頼りにする唯一のしかも最高の拠り所は、人と人との信頼に基づいたつながり(ネットワーク)です。これだけは、これまでの活動を通じて確信を持って断言できます。

2002年度 代表所感(2002年4月)

一昨年、昨年と2年続けて、「2000年のGNC」、「2001年のGNC」というタイトルで代表所感を書かせていただきました。1年間を振り返り具体的な活動内容を列挙し、それを踏まえた上でこれからの1年の目標を示すというものでした。
.....今回も同じパターンで「2002年のGNC」を書こうと思いました。ところが、どうしても筆が進みません。正直に申し上げれば、この形式に少し飽きてしまったのです。締め切りに間に合わず、事務局の矢野さんにはだいぶ迷惑をかけてしまいました。
.....困ってしまい、「飽きてしまった」理由をしばらく考えておりましたところ、そのことがGNCの歩みと関係があることに気付きました。
.....何か具体的な活動を列挙して「こんなに頑張ったよ」と得意げに(?)ご報告することもこの2年間は良かったのかなと思います。それ以前に比べて活動の具体性が一段階上の次元にあがったからです。具体的な活動(プロジェクト)を実際に実施出来たということに大きな意味がありましたし、GNCにとっては大きな進歩だったのです。ところが、今回はどうしてもそれをする気が起きません。「こんなに頑張ったよ」というのはもう止そうよという気分です。それはなぜなのか?恐らくまたもう一段新しい段階にGNCが進み始めているからだと思います。
.....新しい段階のキーワードを思い付くままに並べると、抽象性、理念、理想といったものでしょうか。この2年間の経験を踏まえて、今ここでもう一度GNC創設時の原点に戻り、抽象的な理念=共存というものを考えてみる必要が私の中に生じております。
......最近の政治の世界の腐敗ぶりは目を覆うばかりです。経済もいまだに持ち直す気配がありません。昨年の同時多.発テロとその後の国際社会の混迷ぶり。何か根本的におかしいと誰もが感じています。人類社会は文明史的な転換点を迎えているはずなのに次の一歩を踏み出せないでいる。そういう歯がゆさがあたりに立ち込めている気がいたします。
......ただ人々の叡智が次を密かに準備しはじめている、その兆しがそこかしこにあることもまた確かです。そして、NGO・NPOの使命がその重要な一部を成していることもまた間違いないことだと思います。
.....NGO参加拒否問題に端を発した最近のNGO報道には功罪両面があると思います。NGO・NPOの認知度が格段にあがったこと、これはもちろん良い点です。とにかく次への着火点になったはずです。ただ、メディアの注目を浴びて一過性の流行に安易にのってしまっては、大切な次への一歩をむしろ遅らせることにもなりかねないという危険もあります。せっかく着火した火が消えてしまい、そのまま二度と着火することが無いという事態、これを私は恐れます。今はそういった意味でNGO・NPOにとっては正念場なのだと言えます。まがい物は必ず捨て去られ忘れ去られます。ルーキーが1回試合に出てラッキーヒットを打った。スポーツ新聞の一面を飾った。それだけでは駄目です。地道に力をつけ、コンスタントに活躍しなければレギュラーは確保出来ません。
.....次の一歩を準備するという使命、その抽象的な共存への志を強く抱き続けてこれからの1年間、1つ1つの具体的なプロジェクトを進めてゆきたいと考えております。皆様方の叡智の結集を切に願っております。

2001年度 代表所感(2001年3月)

「…NGO・NPOの可能性も限界もある程度体験した今、GNCに求められるのは、何らかの目にみえる結果、形です。」
....「今年の目標を一言で言えば、21世紀を準備する人と人とのつながり(ネットワーク)を作り上げたいということです。」
.......昨年の代表所感の中でこのように述べました。そこで、GNCは2000年に何が出来たのか、その点をまず確認したいと思います。
.......活動の3本柱にそって列挙してみます(詳しくは、HP上に報告書を公開しておりますのでそちらをご覧になって下さい)。
.......1.モンゴルプロジェクト→GNC所有のゲルに20歳前後の若い参加者10数名(その中には大阪府大の海外農業研究会のグループもいました)とともに泊り込み、GNCのモンゴル人スタッフツォゴさんの農場で作業をしました。関係諸機関での聴き取り調査、モンゴル農牧大学の学生や先生との交流会を行い、次につながる信頼関係をスタートさせました。
.......2.シンポジウム・研究会→植林をテーマに4NGOの代表、1研究者がパネリストとなる研究・活動報告&意見交換の会を開催しました。今後も毎年共同で開催してゆくことを誓い合いました。
.......3. ネットワーク活動→フリーマーケット参加、各種シンポジウム、イベント参加などを行いました。

.....これらを振り返ると、まだまだ不十分ながらも、方向性だけは当初の目標から大筋ではずれることが無かったように思います。ただ、この「不十分」な点は単なる量的な問題ではないことを十分に直視しなければいけないことも事実です。そのことを次に検討し、そのうえで今年の目標を述べたいと思います。
.....GNC緑援隊が96年から毎年訪れているモンゴルでは、昨年に引き続き今年も雪害の被害が深刻です。モンゴルの雪害は、多様な問題(たとえば、援助のありかた、固有の文化に対する配慮のありかた等)を私たちに突きつけてきます。そしてそれら1つ1つの問題が、モンゴルにアプローチする際に自らが拠って立つ場所をあらためてしっかり認識することを私たちに迫るのです。
......自らが拠って立つ場所を考えた時、NGOには大きく2つのタイプがあるように思います。一つは、災害時などに即戦力として緊急支援を行なうタイプ、そしてもう一つは、社会のしくみを長い目でみて共同で育ててゆくタイプです。病気や事故を例にとればわかりやすいかもしれません。急病患者や今しがた交通事故にあった重傷患者に対しては、医者が緊急に手当てをすることが肝要です。一方で、病気にならないための予防法や体質改善の仕方を考え広めたり、交通事故を無くすための仕組みを工夫することも大切です。
......この例からも明らかなように、どちらのタイプの取り組みも必要欠くべからざる存在です。ただ、GNCの限られたマンパワー、資金力、そして何より設立した時の理念を考えた場合、後者タイプ、すなわちじっくりと新しい流れを作り上げてゆくことに全力を傾注すべきですし、そういうことがGNCの出来ることだというのが、現段階での私の結論です。そのことを再確認したうえで今年の目標を以下で述べます。
.....@モンゴルプロジェクト→昨年に引き続き、環境への負荷に対する十分な調査をしつつ、食料自給体制確立のために農地周辺の防風林作りを慎重に継続します。砂漠化防止のための緑化プロジェクトをスタートさせます。
.....Aシンポジウム・研究会→ 昨年と同様に複数団体合同の研究・活動報告&意見交換会を開催します。モンゴルでも、現地NGO、研究者、学生等と合同の研究・活動報告&意見交換会(環境・植林と経済をテーマに)を開催します。これは今年がスタートです。
......Bネットワーク活動→昨年と同様の活動を継続します。モンゴルの小学校を訪問して、紙芝居をし、一緒に記念植樹を行ないます。交流と教育・啓蒙のための具体的活動のスタートです。
......ゆっくりと慎重に、しかし着実に歩を進めてゆくことが、何より大切です。

2000年度 代表所感(2000年4月)

GNCが結成されたのは1995年7月ですので、今年の7月で5周年を迎えることになります。この5周年、あるいは、2000年という数字自体に本質的な意味があるわけではありませんが、そのような表面的なことだけでなく、実際いろいろな意味でGNCは新たな段階に入りつつあります。新たなスタートを切るにあたり、今までの歩みを振り返りつつ、今後の方向性を考えてみます。

第1段階。1995年2月―1996年10月。何をするのかは漠然としているけれども、何かをしようという情熱だけは大きかった、GNC結成前後から、モンゴルプロジェクトが始動するまでの時期。この時期には、とにかく若いメンバーたちが協力して手作りで何もかもを発ち上げ、希望と楽しさにあふれていました。ホームページの団体紹介にもある、活動の3本柱はまだ確立されておらず、その中のネットワーク活動に大きな比重が置かれていました。具体的には、都内各所におけるゴミ拾い(エコハイク)、毎月1回の勉強会(テーマサロン)、フリーマーケットなどです。モンゴルにはじめて渡航したのも、自分たちの事務所を構えたのもこの時期です。NGO・NPOの無限の可能性を信じていました。

第2段階。1996年10月―1998年3月。何をするかがある程度定まり、活動の3本柱の原型が確立された時期。この時期に、@森林再生活動(現段階ではモンゴルプロジェクト)、Aシンポジウム・研究会、Bネットワーク活動の原型が出来上り、それぞれ担当責任者のもと、具体的な活動を開始しました。外へむけてパンフレットも作成しました。活動を進めてゆく上で、様々な貴重な出会いもあり、NGO・NPOの可能性を実感しました。

第3段階。1998年4月―2000年3月。勢いだけで進むのではなく、基礎体力をつけるため、地道に各活動を進めていった時期。この時期には、様々な厳しい現実(資金不足・マンパワー不足も含め)に向き合わざるをえず、今後のために地道に足場を固めることに専心しました。試行錯誤の連続で、表面上は(数字上の規模の面では)停滞しているように見えたかもしれませんが、今後の展開のためにはとても大切な時期でした。モンゴルプロジェクトに比重がかかり、ネットワーク活動は、実際上休止状態にありました。NGO・NPOの現実を体験し、その限界も知りました。

そして、いよいよ、第4段階にGNCは入ろうとしています。NGO・NPOの可能性も限界もある程度体験した今、GNCに求められるのは、何らかの目にみえる結果、形です。今まではいわば新人のテスト期間で、世間も大目に見てくれたかもしれませんが、そろそろ一本立ちしてゆかねばならない段階に入りました。それでは今年、すなわち20世紀最後の一年間に見せるべき具体的形とは何か。それを最後に示してみます。
今年の目標を一言で言えば、21世紀を準備する人と人とのつながり(ネットワーク)を作り上げたいということです。といってもそんな大袈裟なことではありません。3本柱ごとに列挙してみます。@モンゴルプロジェクト→何本木を植えるかということではなく、一緒に継続的に活動していけるモンゴルの仲間をきちんと組織する。現地での育苗システム、農作物の生産、販売システムを確立する。Aシンポジウム・研究会→今まで通り、小規模であっても1回は研究報告会を開催する。Bネットワーク活動→第3段階で休止していた、テーマサロン、エコハイクを再開し、幅広く仲間を作る。一緒に活動してくれる方を求めています。最後に頼れるのは人の力しかないことをこの5年間で本当に実感しました。

上記の第3段階のとても厳しい状況下でモンゴルプロジェクトの責任者として、屋台骨を支えてくれた大重君が、イギリス留学を機に責任者を退任します。GNCの結成以来の同志に心から感謝の言葉を捧げたいと思います。ありがとうございました。そして、2002年にまた一緒にモンゴルに行けるのを楽しみにしています。かわって、責任者を引き受けて下さった青森県車力村の台丸谷さんは、モンゴルプロジェクトがスタートして依頼、一番面倒で困難なモンゴルツアーのセッティングを縁の下で担い続けて下さいました。今度は、昨年、GNCのスタッフに加わってくれたモンゴル人のツォゴさん(ウランバートルで農業振興のために活躍しています)とともに、表舞台で活躍して下さることになります。どうぞよろしくお願いいたします。

1999年度 代表所感(1999年4月)
99年度はじめに『大丈夫。元気を出していこう!』

先日ある友人から手紙をもらいました。
『結果が全て。金が全て。利益のためには手段を選ぶな。』
このように会社の上司に言われ落ち込んでしまった彼女の手紙には、
次のように書いてありました。
『最近、何のために働いているのかわからない。
評価してもらえないことに不満を持っているのではなくて、
人とのコミュニケーションの積み重ねの中で何かを達成することを、
会社以外のところでできないかなと思っています。』
NGO・NPO活動は今、冬の時代です。
世間では必要性が声高に叫ばれていますが、
実際に動ける人は少ないのです。
不況、リストラなどで、自分の生活で手いっぱいというのが現実です。
もちろんそういう意味では僕もきついのですが、
不思議とただの一度もやめようと思ったことはありません。
それは、大袈裟に言えば時代がそれを必要としはじめていると直感しているからです。
今や地球の有限性は皆が理解するところとなりました。
けれども世界を見渡すと相変らず、政治的にはあちこちで取り分争い、
経済的には右肩あがりの成長だけを目指している国だらけです。
どんな場にもその場の中での正義(メジャーな価値観)があります。
手段を選ばず利益を追求しろ!
これも場所によっては正義になります。
ただそれはあくまでもその場所において、です。
僕はその場所で頑張っている人を簡単に批判したりする気もありませんし、
出来るわけもありません。
立派だとさえ思います。
けれども、もっとグローバルな場、長い文明史的なタイムスパンで考えてみると、
時代は確実に今までとは違う歴史段階に入りはじめています。
NGO・NPOは、それに対応する1つの試みだと僕は思っています。
もちろん、NGO・NPOが万能だとはこれっぽっちも思っていません。
国家(の論理)が駄目だとか、企業(の論理)が駄目だというつもりも
これっぽっちもありません。
それらは今後も必要であり続けると思います。
ただ、NGO・NPOが、大きな時代の変化に対応し、新しい時代の流れを加速する、
何らかのスターターになると確信しているのです(共存への流れ!)。
活動には決められたことというのは現段階ではあんまりなくて、
模索、実験の連続という感じです。
お金もないし、皆、仕事を持っているので時間もなかなか割けません。
(それは仕方のないこと。)
少ない時間と少ないお金と少ない人員でいい仕事をするには、
工夫が必要です。
そんな工夫も、大変ですが結構楽しいのです(アイディア勝負!)。
みなさん、一緒にやってみませんか?
最後に、友人へ、そして自分自身へ、大声で、
『大丈夫。元気を出していこう!』

1997年 代表所感(1997年5月)
共存というもの

私たちは、森林再生を活動の柱としている。そしてそれに、ある大きな願いを込めている。それを私たちは『共存』という言葉で表現している。
ジャズの話をしよう。私の大好きなマイルス・デイビスをはじめ、偉大なジャズミュージシャンは、強烈な個性の持ち主で、わがまま放題な者が多いと言う。しかし彼らが集まると信じられないような素晴らしい音楽が生まれる。その感じが私は好きである。
1人1人が自らが一番輝く瞬間を知り尽くし、プロとして最高の音楽を創ろうとしている。自らの芸に誇りを持っている。それだからこそ、他のミュージシャンの誇りを感じとり尊重することもできる。そして、ひとたび一緒に演奏すれば、お互い無理に合わそうとしているわけではないにもかかわらず、個々の力の和ではなく、いわば積とも言えるような素晴らしい結果が生じるのである。誇り高い職人の共同作業。これが私の、個と全体の関係についての理想のイメージ、そして『共存』のイメージである。
私は現在住んでいる鎌倉と稲村ガ崎の海をこよなく愛している。だから、地元を愛する気持ちを抜きにして世界平和を唱えても、私にはピンと来ないのである。郷里や国を誇りに思い愛する気持ちが本当であればこそ、他の国の人々の同様の気持ちがわかるのだと思う。
人間は1人1人が個性的な存在である。100%分かり合えることはありえない。だから人間が生きる上での基本は、お互い、10%の理解できる部分、良い部分を尊重し汲み取るよう努めること、そして助け合うことだと思う。そして、そのためには、1人1人が思慮深く、誇りを持ち、自立していることが必要であろう。
一昨年の夏、私は、森林再生活動の準備のために、はじめてモンゴルを訪れた。その時最も印象的だったのは、行く先々で出会うモンゴルの人々の笑顔の素晴らしさである。顔全体で笑う、その清々しく屈託のない飛びきりの笑顔、輝く瞳の魅力に、私はすっかりまいってしまった。
彼らには、人間は自然の一部であるという素直で謙虚な姿勢がある。美しさに素直に感動する情緒がある。そして、彼らは、自然と、その一部である人間や物を慈しんでいる。自然や人間や物との使い捨てではない丸く長い関係がたっぷり残っているのである。そして、このことと彼らの笑顔は深く結びついているように思う。
彼らの笑顔は、日本人が本来持っていながら最近はすっかり忘れてしまった、この人間の生き方についての大切な考え方を、思い出させてくれる。そして、これが未来を拓くために人間に残されたかけがえのない可能性なのではないだろうか。
子どもの頃、星を見て広大な宇宙に思いをはせたり、音楽を聴いて、どこかにとてつもなく美しい世界があるのではないかと心をときめかせたことは誰にでもあるだろう。モンゴルの草原に立ち、360度の地平線を眺め、夜、満天の星を見上げていると、その時の心持ちがいちどきに蘇ってくる。人間が本来持っている豊かな感受性と知恵の存在に気付かされる瞬間である。宇宙と直結している人間の無限の可能性を実感する瞬間でもある。
『木を植えた男』(フレデリック・パーク)というアニメをご存知だろうか。そこには私たちの願い、基本の姿勢があますところなく描かれている。ストーリーは、人々が醜い争いの末、立ち去っていった荒れ果てた土地に、ある男が1人黙々と種を蒔き続け、やがて森林が蘇り、人々の幸せが戻るというものである。人間のシンプルだが強い想いと行動が、世界を変える姿がそこにはある。木を植えるというシンプルな行動から、『共存』の考え方が世界に広がると私たちは信じている。
とりとめのない話になったが、『共存』という願いに寄せる私たちの想いが少しでも伝われば幸いである。

 
>>本ページのトップへ