GNCスタッフコラム 1999年〜2000年
大重賢治のコラム
『モンゴルプロジェクト責任者退任にあたって 』March in 2000
モンゴルにおける植林事業のためのプロジェクトチーム(モンゴルプロジェクト)は1996年11月,細島誠彦君を初代の責任者として発足しました。GNCの結成からは1年3ヶ月余りが過ぎており,メンバーの誰もが心待ちにしていた誕生でした。モンゴルで植林を行なうことになる直接のきっかけは,この前年の春,モンゴルで大規模な山火事が発生したことですが(詳しい経緯については,ホームページを参照下さい),GNC設立当初より,具体的な活動として「植林」がメンバーの頭の中にありました。思い描いてきたものがようやく具体化してきたこともあり,メンバー全員が意気揚々としていたように思います。
1997年の夏,第1回目のモンゴル植林ツアーが行なわれるわけですが,なにしろ初めてのことですから,細島君をはじめモンゴルプロジェクトのメンバーは,たいへんな苦労があったと聞いています。苦労の第一は,メンバーの日程調整,第二にツアーの手配,第三に植林計画作成と苗木の手配でした。ツアー終了後,モンゴルプロジェクトのメンバーから,「もう,かんべんして欲しい。」と弱音がもれるほどでした。その後,モンゴルプロジェクトの責任者は,矢野明子さんに引き継がれ,矢野さんの仕事を引き継ぐ形で,98年のツアーから私が責任者を務めることになりました。98年および99年は,青森県車力村の台丸谷績さんの多大なご協力もあり,GNC独自のツアーを行なうことができたわけですが,「もう,かんべんして欲しい。」という気持ちを身をもって知ることになりました(……と言うと,今後,モンゴルプロジェクトの責任者を引き受けてくれる人がいなくなるかも。)
モンゴルプロジェクトは,GNCの活動の柱であり,GNCの“希望”であるわけですが,実際の運営はなかなかたいへんです。このプロジェクトには,2つの大きな仕事があります。一つは,モンゴルにおける植林のプログラムを立て推進することであり,これが本来的な仕事になります。もう一つは,植林ツアーの手配およびコンダクターとしての仕事です。この2つは密接に関係するものの,作業の性格は大きく異なります。ツアーコンダクターの仕事が,その年の植林ツアーを恙無く修了させることに最大の努力をはらう短期決戦型であるのに対し,植林の仕事は,長期的な視野に立って取り組む漸進型であるからです。私が責任者であった期間を考えますと,ツアーをなんとか無事に終わらせることに多くの力が向けられ,本末転倒ですが,植林事業自体は規模の上でも内容の上でも満足行くものではなかったような気がします。
今後のモンゴルプロジェクトのあり方を考えますと,ツアーの担当者と植林事業の担当者は分けた方が良いかなと思います。植林事業の担当者は,自らの描くヴィジョンをもとに具体的な植林のプログラムをたて,その準備を行なうことに専任してもらうのが良いのではないでしょうか。そして事業は,無理のない範囲で進めていくのが良いと思います。そうでないと,また「もう,かんべんして欲しい。」という声が聞こえてくることになるかもしれません。
平成12年度からは,台丸谷績さんに,モンゴルプロジェクトを引き継いで頂くことになります(実質的には,昨年の秋より,取り仕切って頂いています)。たいへん有能な方ですが,他のメンバーのサポートは必要不可欠です。是非,台丸谷さんが活躍しやすいような体制を作って頂ければと思います。
モンゴルプロジェクトは,現在,飛躍の一歩手前というところでしょう。ただ,マンパワーの問題もあり,暫くは,その一歩を踏み越えるのがなかなか難しいかもしれません。けれども最近,GNCのホームページを見て,モンゴルでの植林事業に興味を持った方からの問い合わせが増えているようです。また,モンゴルにも植林事業に共鳴してくれる人々が年々増えてきています。たいへん魅力的な事業であることには間違いないのですから,自信をもっていいと思います。
最後になりましたが,私,GNCの活動を暫くお休みさせて頂くことになりました。モンゴルプロジェクトもこれから軌道に乗ろうという時なので,たいへん申し訳ないのですが,ご理解頂ければと思います。私は,この5月から1年余りをかけて,イギリスのヨーク大学というところで医療経済学という学問を勉強してまいります。帰国は2001年の秋になりますので,今度モンゴルの地を訪れるのは,2002年の夏ということになるでしょうか。21世紀のモンゴル,21世紀のGNCがどのようになっているのか今から楽しみです。それでは,皆さん,いろいろお世話になりました。お元気でお過ごし下さい。
大重賢治のコラム
『アメリカにて考えたこと』 April in 1999
総務部から、何か所感のようなものを書いてくれと依頼がありました。"所感のようなもの"というのは、案外、難しい注文なのですが、何でも良いということでしたので気楽に筆を進めようと思います。
今年の1月、私は、一ヶ月ほどアメリカのジョージア州アトランタに滞在する機会を得ました。短期間ですが、この国に滞在しながら感じたこと、考えたことをについて書いてみたいと思います。
日本でも報道されたと思いますが、アメリカではその頃、クリントン大統領の不倫揉み消し疑惑に対する弾劾裁判が行われようとしており、現地のTVニュースは、かなりの時間をいわゆるモニカ問題に費やしていました。その中で,CNNだったと思いますが、弾劾裁判に先立って行われたあるアンケート調査結果に関する報道がありました。アンケートの質問項目は二つです。一つは、「大統領は辞任すべきだと思いますか?」であり、もう一つは「大統領は、裁判において事実を明らかにすべきと思いますか?」でした。正確な数字については思い出せませんが、最初の質問については、約3分の2の人が、「大統領は辞任すべきとは思わない」と答え、二つ目の質問については、約3分の2の人が、「大統領は、裁判において事実を明らかにすべき」と答えていました。つまり多くのアメリカ人は、大統領は事実を明らかにすべきだが、辞任するには及ばないと考えているとの結果でした。興味深いのは、アンケートの結果についての解説です。解説者は次のように述べていました。
−アメリカは、クリントン政権下で好景気を持続しており、世界におけるスーパーパワーを確立している。クリントンの政治能力については、国民も評価しており、それゆえ国民の側からの辞任要求は大きくならないのだろう。一方、国民は、大統領は真実を語るべきだと考えている。それは大統領が真実を語ることは民主主義にとって不可欠だと考えているからである。−
実に明快です。アメリカという国に同居する実益主義と理想主義が、みごとに表現されています。「大統領は、真実を語るべき」という主張の裏側には、大統領がプライバシーを暴かれ、糾弾されることに対するサディスティックな期待もあるようにも思われましたが、解説には触れられていませんでした。時折アメリカに見られる,ちょっとサディスティックな側面は、研究してみるとなかなか面白いかもしれませんが、今回は「大統領は辞任する必要はない」というアンケート結果について考えてみたいと思います。
このアンケート調査の解説に述べられているように、クリントンが辞任を回避できた大きな理由としては、現在のアメリカ経済が好調であることが上げられるようです。クリントンの個人的な魅力もあるかもしれませんが、彼がアメリカに利益をもたらしているという事実が支持に繋がったのでしょう。ある国の国民が、自分たちに利益をもたらす政権を支持するのは,いわば当然の行動です。アメリカはスキャンダルに厳しい国ですが、クリントンは自国に利益をもたらす責任を果たしているという国民の評価によって、辞任を免れたようです。
国の政府は、その国の利益を第一に考え、また国民もそれを求める。これはごく自然の行動です。世界のリーダーとして振る舞うべきアメリカでさえ,その束縛から逃れることはできないでしょう。ただ厄介なのは自国の利益を追求することが、必ずしも他国の利益、世界の利益に結びつかないということです。アメリカの唱えるグローバルスタンダードもグローバルベネフィットには直結しません。そのことが、時に他国からの不信を招く原因にもなっているようです。ここにアメリカの限界があるように思います。この限界はアメリカだけでなく、民主国家であろうと独裁国家であろうと,全ての国が"国"で在るために持つ宿命なのかもしれません。
現在、世界には、環境問題、人口・食料問題、エネルギー問題など、解決すべき問題が山積しています。これらの諸問題は、国の利益に囚われていては解決できません。インド、パキスタンでは、国民に利益(安全)をもたらすという理由で核実験が行われ、コソボでは民族の利益を優先した結果、現在も紛争が続いています。「自国の利益、自国民の利益を第一に考えることが普通の国の宿命であるなら、国の枠を超えた諸問題を解決するには・・・・・」 実は,これはGNC(旧KKN)発足の契機となったテーマなのですが、なかなか難しいテーマではあることは確かなようです。
