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モンゴルでの活動に至るまでの経緯(1996年)

活動の概要

当活動の目的は、モンゴル国ドルノド県チョイバルサン市郊外ヘルレン川流域における森林再生である。
冷戦構造の終結後、旧ソ連の援助の後退により深刻な食糧危機に見舞われているモンゴル国の食糧事情を改善するために、当地では1992年から、青森県車力村と地域住民により農業試験(米・野菜)が行なわれ成功をみている。
ただ、規模の拡大、定着には、土地保水力の上昇と当地特有の強風から作物を保守することが不可欠である。
また、森林の減少による乾燥化のため、ヘルレン川の水量は年々減少している。
植林が進めば、農業振興のための防風林の役割を果たすのに加えて、長期的には森林再生と当河川の回復が進み、結果的に環境保全と大幅な農業発展の両者につながるものと考えられる。

このようなことから、ヘルレン川流域における森林再生の意義は、概ね以下の通りである。
(1) 森林が再生されることにより、土地の保水力が増し、周辺地域において農作物の栽培が可能になる。
(2) 同地域では北西からの風が強く、農作物の栽培の障害となっている。森林が再生されれば、防風林としての役割を期待出来る。
(3) 森林の減少による乾燥化のため、ヘルレン川の水量は、年々減少している。森林再生により、当河川が回復すれば、大幅な農業発展が見込まれる。
(4) 農業振興のための防風林を整備するだけでなく、ヘルレン川流域の砂漠化を防止するための、規模を拡大したグリーンベルト整備の出発点となる。

具体的には、以下のような段階を踏んで活動を行なう方針である。
(1) 地域住民、および農業試験場で農業試験を行っている人々と協力して、農業試験場周辺での実験的な植林に着手する。
同時に地元自治体との長期的な協力体制を確立する。
(2)この植林により、今後の本格的な森林再生事業と農業振興の実現可能性を調査する。
また、当地の生態系と経済に与える影響を総合的に調査検討する。
(3) 同時に、地域住民の理解と参加を促すための教育啓発活動を地道に進める。
日本において、ボランティアの植林事業参加者を募集する。
(4) 環境を破壊せず、地域住民が自主的長期的に参加出来、持続可能な活動であることが確認されてはじめて規模を拡大する。
軌道に乗った段階で活動主体を地域住民に移管する。
なお、植林にあたっては、潅漑など重機材を用いた活動は可能な限り避け、人力を用いる平易な方法を採用し、農薬や化学肥料は原則として使用しない。
これらは、全ての人々が作業に参加出来るようにするためと、地域周辺の生態系を破壊しないためである。

年次計画

平成8年度
(1)モンゴル国ドルノド県ヘルレン川流域視察(終了)
チョイバルサン農業試験場視察(終了)
(2)モンゴル国自然環境省訪問、自然環境大臣との会談(終了)
(3)ウランバートル第1病院、伝染病院を訪問(終了)

平成9年度
(1)植林のための調査・コーディネート(終了)
(2)チョイバルサン市長、農業試験場長との会談(終了)
(3)チョイバルサン農業試験場周囲における試験植林(終了)

平成10年度
(1)チョイバルサン農業試験場周囲における植林(全長900m・900本)
(2)現地のカウンターパートとの協力関係を確固たるものにする
(3)現地での育苗システムを確立する

平成11年度
同上(全長1500m・1500本)

背景及び実施地域の状況

モンゴル国は1921年に独立して以来、旧ソ連の多大な影響下のもとに国づくりを行なってきた。
第二次世界大戦後も、冷戦構造のもと、経済的に旧ソ連の多額な支援を受けてきた。
しかし、冷戦構造の終焉、旧ソ連の崩壊にともない、モンゴル国は新たなる道を模索しなければならなくなった。
その中で、現在モンゴル国は、日本をはじめとする旧ソ連以外の諸外国、諸機関との国際関係の強化につとめ、市場経済への本格的な移行に取り組んでいる。
ただ、このような市場経済への急速な移行で、モンゴル国は、資源、資本、技術など全てが不足する事態に陥っている。食糧分野においても例外ではない。
旧ソ連中心のコメコン(経済相互援助会議)援助の後退の影響で、現在もなお深刻な食糧不足に見舞われている。
このような中で、青森県車力村は、平成3年から、モンゴル国での水稲・野菜栽培試験を行なう一方、モンゴル国からの農業研修生の受け入れを続けている。
平成5年には、ドルノド県チョイバルサン市郊外のヘルレン川流域で、モンゴル国で初めて稲作を成功させた。
この意義はきわめて大きい。
モンゴル国にとって、稲作確立と農業の振興は、慢性の食糧危機から脱し、モンゴル国の人々に自立の道を開く大きなカギになると考えられるからである。
ただ、試験としての稲作は成功したものの、規模を拡大し、これを農業として定着させるためにはまだ解決すべき問題が山積している。
とりわけ、
1.土地の保水力を増すことと、
2.強い北西の風から作物を守るこ

が不可欠である。
ヘルレン川は以前は周辺に森を抱えた大河であったが、周辺の森林が減少したため、土地は乾燥化し、川の水量も年々減少している。
ヘルレン川が以前のような大河に戻るならば、当所の砂漠化を防止出来るとともに、大幅な農業の発展に寄与するものと考えられる。

経緯

平成8年、年初、モンゴル国は大火災に見舞われ、広大な面積の森林を焼失した。
当団体は当初、それに応じる形で環境問題に重点をおいた森林再生を目指していた。

同年5月、モンゴル国で植林を行なう計画があることを、青森県車力村の成田佐太郎村長に相談したところ、車力村とドルノド県の共同で行われている農業試験プロジェクトの視察を勧められた。
また、農業試験場周囲への植林の必要性も聴くことが出来た。

同年8月中旬、第1次視察団がモンゴル国に渡航する。
火災被災地跡地への植林と、農業試験場周囲の植林の両方を視野に入れての視察であった。
しかし、実際に現地を視察することにより、モンゴル国の食糧事情が予想を超えて深刻であり、『木を植えることはかまわないが、まずは食糧が欲しい。』という意見が一般住民の本音であることがわかった。
また、チョイバルサン農業試験場を訪問し、ヘルレン川流域における森林再生事業の実現可能性を調査した。
その結果、ヘルレン川流域における森林再生事業の意義を再確認するにいたり、また、同地域の住民の協力も得られる見通しも得られた。

第1次視察団の帰国後、入れ替わりでモンゴル国を訪問した第2次視察団は、ウランバートル市長より被災地の森林再生事業の実現性についてヒアリングを行なった。『焼失面積は非常に大きく、現状を大変憂えている。
ただ、被災地の大部分は非常に交通の便が悪いところで、そこで植林を行なうのはかなりの難事業になるであろう。』とのことであった。
続いて自然環境省を訪れ、自然環境大臣と会談し、大臣より、当団体のモンゴル国における植林活動についての賛同を得るにいたった。また、同国における医療・衛生状況の把握のため、ウランバートル第1病院、国立伝染病院の視察を行なった。

第1次、第2次視察団の帰国後、両者の調査結果を持ちよって、今後の方針についてディスカッションを重ねた結果、
以下のような理由で、モンゴル国ドルノド県チョイバルサン市郊外ヘルレン川流域における森林再生事業の事業方針が定まった。

  1. ヘルレン川流域における森林再生プロジェクトは、環境問題と食糧問題の総合的な解決への第一歩を可能にする点で有意義である。すなわち、当地における砂漠化防止と農業振興のために大きく寄与するものと考えられる。

  2. プロジェクトを進行するにあたっては、ドルノド県の住民と共同で行なうことが出来る。

  3. 交通の便も比較的良好である。

  4. 疾病の発生は、国外でのプロジェクトにおいて重大な懸念事項であるが、幸い、同地域は伝染病の発生が少ない(伝染病院院長より)。

  5. 一方、火災被災地は、何より交通の便が悪く、生活基盤も確立されていないところがほとんどであるため、現段階での植林は難しい。

以上により、モンゴル国ドルノド県チョイバルサン市郊外ヘルレン川流域における森林再生プロジェクトに着手することとなった。

 
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