農業牧畜省訪問 1999年
全記録作成者 渡辺容子
話し手:
Lubsanbud氏(ロッソンバット
写真前列中央)
農牧専門家、全国の畑の計画担当者、実際に全国の畑を歩き回ってる
日時:1999年8月4日(木)15時〜17時30分
場所:モンゴル農牧省にて
通訳者:Tsogtsaikhan(ツォゴー)
参加者:宮木・大重・矢野・今関隆志・周子・近藤・渡辺・ツォゴー

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まずツォゴーさんより流れの説明。目的、GNCについて
宮木:突然の訪問なのにお会いできてうれしいです。日本から4回目の訪問1996年から来ています。グループは日本のNGOです。青森県車力村がチョイバルサンにて実験をしています。それと協力して農業振興の防風林を植えようとしています。今回はそれを続けていく上で、モンゴル政府はどういう方針を持っているのか、どういう作物を作っていこうとしているのか。
L氏:全国の畑の面積は130万haあり、80%が麦、5000haがジャガイモ、残りは野菜の畑。
130万ha持っているが、完全に今まで利用していなく今年はそのうち30万haしか栽培していない。今年栽培している2/3に麦を、のこり1/3に野菜とジャガイモを。
モンゴルでは肥料の不足ということで畑を1年間休ませている。この休ませる目的は、水分をよくいれるため、雑草の量を少なくするためである。
灌漑施設の畑は野菜を栽培している。
130万haのうち40%は防風林がないため、風で栽培できなくなっていたり、これからできなくなる。社会主義の時は防風林づくりの計画や仕事はあったが、民主主義になってから動きがなくなった。予算不足のためである。
近藤:それは誰が防風林を作っていたのか。
L氏:農牧省から申請されて(政府が?)行っていたが、今は予算不足のためできない。
宮木:予定していた木の種類は?
L氏:水を使わなくていいもの。モンゴルは水、河が少ないので。ここから200km,4haのところで社会主義の時に作った防風林があるが、時間があったら見に行ったらいいのでは。最近は民主主義になって、防風林を作る責任は農牧省から環境省に移った。
周子:なぜ移ったのか。
L氏:すべて自然を守ろうという目的で環境省に。
矢野:少しは続いているのか。
L氏:畑の防風林は力を入れていない。火事でやられたところ、木が病気でやられたところにやっている。
矢野:昔オリヤスを防風林として植えたところが燃料のために採られたと聞いたが、今も残っているのか?
L氏:人たちが多く住む村、町は防風林だけでなく、河の側の木も苅られている。
隆志:農業のための防風林は?どこがやっているのか?
L氏:防風林を作るべき所の計画書というのは農牧省がつくる。やるのは環境省。
2年前からの緑の革命のなかにも自然や畑を守ることが計画に入っている。
緑の革命…一般の人に農業の教育を与える。幅が狭い、啓蒙。
政府の総合計画…モンゴル全土の計画がある。農地を広げる、防風林を広げる。幅が広い。全体のことは政府が出している。
主に栽培しているのはジャガイモ、キャベツ、人参、かぶしかない。緑の革命の中の野菜の種類を増やすこと、そして一般の人の日常の必要品として食べ方まで指導したいという考えを持っている。その緑の革命のおかげでいろんな野菜を現地に作っている。レタス、ミニトマトなど多くつくってる。ハウス栽培も緑の革命でやっている。
隆志:緑の革命で一般の野菜も増やしていくのか。
L氏:まず新しい野菜の作り方、食べ方を教えることを目的としている。→地方で教育畑をつくり。栽培の仕方、技術を教えている。農牧省からや、韓国とか外国からも専門家が来ている。
ウランバートルの近くに中央アグリ畑をつくってやっている。専門家は農牧大学の先生といろいろな専門家。ここで教えている日とは地方にも行っている。
矢野:対象は?
L氏:ウランバートルだったらその地域の人々。
宮木:野菜を増やしたりする目的は何か?健康のためか?
L氏:主な目的は食糧自足。できたら自然のいいものとれる、健康にいいものつくるということ。
宮木:今まで中国に頼っていたものを自給自足するということか?
L氏:輸入品の数を減らすということ。モンゴルでできるものは自分でつくる、できないものは中国から輸入。
矢野:麦の自給率は?
L氏:麦は1年分の分は自給できている。社会主義の時は1年分以上できていて、余剰は輸出していた。コフホーズがいっぱいあって、政府
の出した計画でやっていた。コフホーズの90%が今は民営化された。90年から90年代に入って農業の発展はほとんどなくて止まった。なぜかというと90%が民営化され機械を新しく買う金がなく、買う動きがない。政府の働きで下がっていた農業のレベルを97年でストップさせた。ここから発展させていく。
矢野:なぜか?処置したからか?
L氏:ほとんどの、国の財産であったコフホーズを民営化させてKRUという日本のプロジェクトのおかげで機械を日本ので新しく変えるようになった。KRUとは農業の機械を改善させるというプロジェクト(訳は解らない)。94年からはじまった。日本政府の無償援助である。
近藤:緑の革命は誰がいつからやったのか。また中国から野菜を輸入していたが、緑の革命の実績 は?
L氏:今年の実績はまだない。93年は国内市場には麦は60%まで上がり輸入は40%。野菜は50%。90年は全くなかった。90年〜93年の間野菜は0で、全部輸入品。93年から回復した。
あるモンゴルでとれた作物は輸入品より高い時期がある。なぜかというとモンゴルは気候が大変だからとれないときもあるしお金がかかるから。
緑の革命は'97年始めに計画し'97年終わり頃からはじめた。計画を出したのは農牧省と、貧しい暮らしの家族を支える機関branchと一緒になってやった。'98年から農牧省だけが計画書では畑と農牧を発展させる計画。
周子:畑の作り方、食べ方の作り方の推進の他に緑の革命の中の他の計画と防風林はどれぐらいの位置を占めているのか。
L氏:次の段階に入りますが、2010年までに行われる計画である。
1,90%民営化された残りの10%を民営化する。
2,農地を民営化させる。…何回も政府に出したが問題があってまだ法律できていない。
3,新しい機械を導入していく。
4,自然を守る。自然と農業の関係。
5,土地を守る。風の害を防止する計画(→防風林)。いい微生物を増やす。
土地のシステム組織、改良するシステムを調査する。土壌調査。
6,農業の技術改良という計画もある。…モンゴルに技術導入していく。
Ex)カナダで土をおこさないで種をまいてやるのがある。土をおこすことで土のダメージを与えるので、いいものを調査してやっていきたい。
矢野:日本でも自然農法がある。
L氏:自然農法、薬品や化学肥料が少ないものをやりたい。日本にもいろいろな協会があっていろいろやっていることも調査している。
隆志:農業は民営化しているが防風林は政府のやることと考えているか?
L氏:そうです。政府側がやるべき事である。土地の壊れやすい時期は春、風が強いかが、ちょうど栽培も始まってしまう。土をおこす。
1年畑を休ませるという方法もおこなっている。今まではすべて完全におこしてなにも植えないで休ませていたが、それが土に良くない原因だった。今はここはおこして、ここは草を生やして、というようにやると事やらないところをつくる。おこしたところは麦をやって。
それぞれは100m幅。また風が吹く向きに対して垂直におこして作物を守る。おこすと土が下がる。おこしていないところは高いので風よけになる。今もうこの技術は麦畑のみやっている。野菜とジャガイモは別。やる必要がない。水をしょっちゅうかけているから。麦は灌漑施設がついている。カラコルムなど。ここ以外は灌漑無しでやっている。
隆志:防風林は具体的に何%ずつ増やすとかあるのか。
L氏:例えば会社がやるのではなく一般の家庭でやるということについて何%ずつ増やすというのはある。防風林についてはつくることについて具体的に決まっていない。計画はあるがまだ。
隆志:となると先に畑を作る人は風の害にあってしまうのでは。
L氏:家庭のやる畑の面積は少しだからそんなに問題はない。麦の畑を大きくやるようになったら防風林は必要になる。法律では一家庭に0.1ha無料で貸す。
周子:このくらいなら防風林はいらないか。
L氏:40m×40mなのでそんなに必要ない。なぜウランバートルにて法律で0.1haといったかというと、人口が集中していて土地がないから小さくした。これは大きな都市ウランバートル、ダルハン、エルデネの3つでは0.1ha。他の町や県では自分のできる範囲でやる。
矢野:草原つまり遊牧民の土地と畑の将来の構図は農牧省で考えているのか。
L氏:できれば遊牧民も一緒に農業やるようにと国は考えている。緑の革命の中にもそのように書いてある。兼業する形。遊牧している人も一年分とれるように教育していく。それは始まったばかり、ある地方に行ったら兼業できるようになっている。
緑の革命の本部がある、もっとデータほしければここにあるので見たらよいだろう。
矢野:例えばモンゴルでの一年間の家畜の数があるがそれに適した草地があると思う。むやみに農地にすると家畜の数減ってしまうのでは。
L氏:まず130万haを完全に使うように計画を立てている。それ以上は使わない。穀倉地の面積は1億2700万ha。牧草地の不足しているところは大都市である、ウランバートル、ダルハン、エルデネ。ウランバートルというのは市場が広いので農業やる人も増えているし、牧畜やる人も増えている。市場にも近いし。
ウランバートルは3地帯にわかれている。第1…中心→家畜飼っちゃいけない
第2…空港→?
第3…ツォゴーさんの畑の辺り→少し多く
第1では農業はいいが家畜はだめ。昔はゲル地域の畑の面積は300〜500平方メートル与えていた。
隆志:地方に行くと運搬が困るが政府はどう考えているのか。
L氏:離れている地方は利益を上げることは無理であろう。その地方で1年分の食糧を自給するということ。
矢野:自給する方が他の所から輸入するよりいいのか。
L氏:そういう考えである。一つ注意したいのはモンゴルの人口は230万人で、昔は1/4、今は1/2がウランバートルにいる。例えば夏場にモンゴルに働きに来る人も入れたら50%。
周子:0.1haというのは市場+自給ぶんの畑なのか。
L氏:自分の生活を支える面積であり利益はいれていない。ちゃんと調査して出した面積。1家庭の人口5人平均に基づいて、ジャガイモ何%、キャベツ何%とした。
宮木:0.1haは希望者だけでなく積極的に自給自足を奨励していっているのか。
L氏:近いうちに農業やる家庭を増やすことを目的にしている。利益を上げること、大きくやることは次の段階。
大重:大きくやりたい人にはもっと与えるのか。
L氏:人によって自由に選択。もっとやりたいならどこでも自由にやれる。ただ、0.1haまではタダ。それ以上は税がかかる。
矢野:その人々は仕事はどうなるのか。金稼ぎは?
L氏:ただ0.1ha持ちたいという家庭にあげる。どういう仕事やっているかは考えない。その0.1haは農業のため。ウランバートル人口の半分はアパートに住み、この人々は農業やることができない。ゲルの人々は可能。0.1haは税を取らない。緑の革命を支えるための土地である。
宮木:0.1haはゲルの人々に与えるということだが、その人々は農牧省に申請に行くのか。
L氏:地域の市役所に申請する。ウランバートルもいくつか(市役所が)分かれている。市役所に土地の部門がある。ウランバートル以外の町もそう。地方では畑を大きくやりたい人は税を地方の役所に払っている。ツォゴーさんの畑はハーオーという地域にお金を払っているのです。
隆志:農業で働いてお金をもうけている人はどのくらいいるのか。
L氏:数字的には解らないが、数は増えている。ウランバートルを仕事で回っていると、ウランバートルでも個人や会社で農業やっている人増えていることがわかる。
隆志:モンゴルでは農業やることが魅力的なものになっているのか。
L氏:平均40歳の人が多い。若者は数少ない。学生はほんとうに少ない。
近藤:収入的に魅力がないからか。
L氏:農業以外のことやって利益高い仕事はたくさんあるが、気候が厳しい国なので採算とれず、そんなことやるより他の仕事をやるのだろう。
もう一つの考えとしては、これから実現させる方法は野菜の輸入品に関税をかけることだ。
大重:最初農業をはじめるときの道具など、資金サポートはやっているのか。
L氏:初めてやる人にはお金を貸している。種や道具のお金を。
大重:なにもなくてもはじめることはできるのか。
L氏:ただ貸しているお金の幅は狭い。やりたい人は計画書を出して、それを選んで貸す。
近藤:国の予算の何%が農業に使われているのか。
L氏:地方によるが、政府側としては34%出している。
近藤:他の国と比べると大きい。
L氏:間違いなく34%だったと思う。
近藤:その内訳は?先ほどの6段階のもわかれば。
L氏:もっと細かい話になるがデータはない。
渡辺:34%は農業だけ?遊牧は?
L氏:農牧です。遊牧も。モンゴルの場合は農業だけ、遊牧だけというのではなく全体的に考えている。モンゴルの特徴である。
近藤:ロッソンバットさんの農業と遊牧の将来のあり方はどのようなものですか。農業と遊牧をやると遊牧は定住化していくということになる。
L氏:遊牧というのは遊牧と農業どっちもやって利益あげるのは難しい。
矢野:定住と遊牧は相容れないのでは。
ツォゴー:冬過ごす場所(冬営地)は夏開いているので、そこで農業をやる。
近藤:でも誰かが見ておかないと、手入れとかはどうするのか。
L氏:家族の誰かが見る。農業と遊牧どっちもやることはよいこと。モンゴルでは化学肥料ないので堆肥でやるのがいい。遊牧民でやっている
人は少しだがいる。その人達が成功例になればいいのだが。90年代半ば頃、国の財産であった家畜がすべて民営化され、堆肥を売るようになって、今まで自由に使えていたのが少し大変になった。しかし遊牧やる人も農業もやれば自分で自足できる。(家畜の糞を堆肥にする)。また葉や茎を家畜の餌にする。
矢野:農耕をやることは悪というような心理的なものはもうないのか。
L氏:130万haのうちの30万haしか使われていない。むかしの130万haに戻すのは時間的に大変かかるので問題ない。130万ha以上つくることになると、そういった見解と衝突が出てくるだろう。
宮木:もともと130万haはどの地域だったのか。
L氏:70%がウランバートル、ダルハン、センゲルといった大きな中心都市の周辺、中部地域です。
JICAと一緒につくったマスター計画は中部地域の発展計画についてつくった。その資料は今は手に入らないが、あとで出せるかも。
隆志:130万haはコフホーズの時代にはすべて使われていたのか。
L氏:そうです。担い手は遊牧民というよりコフホーズの農家の人々がやっていた。今はその人々は、ある人達は民営化された会社へ別のビジネス、ある人は家畜、またもう歳の人などさまざまだ。
矢野:農業人口はすごく減ったということですか?
L氏:もちろん農家の数は減った。130万haから減ったから。農家よりいい職はたくさんあるし、豊作の年というのは5年に1回しかない。
矢野:日本でも跡継ぎいなくなっている。気候的条件は良くても。
L氏:春の種まきは春の雨を迎えてからまく人がいるが、この頃だと生産がよい。しかし今年は逆で雨の前にまいた人の方が生産とれている。難しいものだ。雨のあとだと風に飛ばされずに、根つきもうまくいくため。今年は7月の中頃暑すぎた。40℃とか。
宮木:ヘルレン川流域でやることは農牧省、政府はどう考えているか。
L氏:まだその課題に入っていない。昔、共産党時代にはヘルレン川を農業に使おうという話があった。一方昔共産党時代、スフバートル県(
ドルドノの南)は河がない。しかしここには亜鉛、鉄があり、この鉱山に水を引く計画があり、ヘルレン川を二つに河を利用して農業をやっているところは3000ha。作物としての稲の計画はまだ出していない。全国としてとれる数には自身がない。稲ではなく海外の市場に出す作物、ソバなどは注目でてきている。
周子:自給以外にも余剰を市場に出すことは考えているのか。
L氏:でも海外市場に出すことには問題があり難しい。まず国内市場を安定させてから。しかしモンゴルにはその技術もまだない。
本当はソバ、油作物を出したいという会社もあるが…。ソバの研究はダルハンで行われモンゴルとして出せる結果出ている。輸出品になることできる。
モンゴルで農業の始まった年'59年からはじめた、畑作47年('47?)である。'59年から1300(130万ha?)のほとんどこの頃おこした。(ここらへん不明 渡辺)
この40年間の伸び率とかのデータを統計して調査しており、データ出ている。このデータを手に入れるとだいたい解ってくる。(伸びているか下がっているか)それは11月頃完成すると思う。その前に出したい。11月20日しめきり。秋の収穫が終わってから。
宮木:そのデータを入手できる方法あるか。
L氏:もちろん私から差し上げます。
周子:インターネットのホームページはありますか。
L氏:農牧省のホームページある。英語です。データも載っており、11月前には少し変わっている。ホームページは農牧のと土地のことと二つに分かれている。
宮木:米についての需要と見通し。米は必要なのかそうじゃないのか。
L氏:需要の量数字分からないが、人口増えてくれば、増えるほど出てくるのでは。
宮木:食生活の中での割合は?1日に何回食べるとか。
L氏:モンゴル人は毎日米食べないが、1家族5人として1ヶ月に10kg程だろう。
渡辺:ホテルとかで出ている米はどこのものですか?
ツォゴー:ロシアや中国のもの。
L氏:野菜の輸入品の割合などは農牧省でまとめてデーただしている。
隆志:モンゴルのお米を支援するやり方は1,JICA,2,市民レベルなどあるが、特に2の手伝いの仕方でここが困っているとか、必要性について聞かせてください。
L氏:まずは外国支援というのは、国の目的としては外国の支援をなにに使うかということ。早く金を使う、早く結果出るところに使うようになる。ところが農業はなかなか早く結果がでない。早く結果出したい。農業では麦の灌漑施設に金使いたい。まず中部地域に農業発展させることに力いれれば早く結果が出る。
私個人としては、必ずしも中部だけとはいわないで、一つの会社、灌漑施設の会社などをしっかりしたい。一つの会社でしっかりするというのは、力持つ会社にしておけば今後も広がっていくから。入ってくる援助などを分散するのではなく、一つの会社を強める。
どこの地域でやるのかは、もちろん調査をする。調査してから会社、機関をしっかりする。
もう一つ問題になっていることは、農業の発展させることで必要なのは水である。共産党時代には灌漑施設が200〜300ぐらいたくさんつくられたが、民営化されたら会社の規模も小さくなり灌漑施設の規模が大きすぎて使えない。今の会社の規模にあった施設に変えること。
近藤:新しい灌漑施設の改良の技術者はこちらではいるのか。
L氏:灌漑施設は、国連の支援で、2年続けて小さな畑に小さなものをつくる計画が進んでいる。またその中で、昨年から33に家庭に灌漑施設をつくっている。(0.86ha)実験段階である。今年灌漑施設やスプリンクラーを使うことの教育が行われた。まだ33家庭にしか与えていないが教育を受けた人々のほとんどから、施設をほしいという声がでた。しかしお金がなくて与えることができなかった。もし海外でスポンサーになる機関が出れば(5年で返すなどの)、どんどん増えてくるだろう。
隆志:お金が必要なことは分かりました。それ以外に市民レベルの金がかからないことはあるか?
L氏:農業の教育に力を入れること。農業をやりたい人はどんどん増えているし、農業をはじめた会社も増えている。海外研修など、技術を与えることが一番重要。
農牧省からもそういう団体が出て教育を行っている。そこと一緒にやっていけばよい。モンゴルの専門家や一般の人をどんどん入れるなどいろいろ。もちろん農牧大学、専門学校に日本人が入ってセミナーなどを行うとか。
(宮木)GNCのパンフレットと名刺を渡す。
渡辺:中国人がモンゴルにて農業をやっていること、またこれからやっていくことについて。
L氏:農牧省の目的としてはモンゴル人の力で農業をやっていくことを第一としている。
隆志・今の段階では中国人の方が技術が上なんですよね。
L氏:そのために中国が入っていることをしばらくは認めている。
法律的には、外国人の会社が入って、外国人の畑というのは認めていない。そういうのは農業だけで、他の部門では認めている。それは、(畑は)土地と関係のある部分だからです。
一つの民族がモンゴルに入れる数は決まっている。中国人なら1年に何人とか。その数が決まっているからそれ以上増える心配はない。今年は偽造ビザで入ってくる人もいた。今年は特に多かった。担当している機関があるのでそちらに聞いた方がよい。
***お礼を言い、今後もいろいろと協力してくれるようであった。その後写真を取り和やかなムードで今回のヒアリングは終了した。
感想(渡辺)
・ Lubsanbud氏(ロッソンバット)は本当に感じの良い方でした。やはり実際に畑を歩き回っている方だけあって、現実をとらえながら、丁寧に質問に答えてくださりました。
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様々なデータ(のありか)についても教えていただきました。今後も情報収集をして行けたらと思います。
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今後も様々な点でつながって行けたらよいと思いました。今回で終わりではなく、せっかくできたつながりを大切にしたいです。
・ GNC側も全員積極的に質問をし、幅広く内容の濃いヒアリングになり大変良かったと思います。
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今回のヒアリングを振り返り、しっかりと吟味し、モンゴルはこれからどうなっていくのか、どうしたらよいのか、我々がやれることはなんなのかなど考えていきたいと思います。
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やはりモンゴル特有の気候や、土地、生活、社会などがあるので我々が外から考えるだけでは難しいのだとさらに感じました。その土地のことはその土地の人に聞け、と強く感じました。
